第4章 奇術と超能力


 本論文では、複数の章で、ノンフィクションと主張されるなかで行われる魔術という意味での「マジック」と、フィクションを前提として娯楽のために行われる奇術という意味での「マジック」との関係性や相違について触れている。
 しかし、この論を現代の状況にまで広げるときには、注意しなければならない事がある。虚構性を境界線にした魔術と奇術の関係対比は、あくまでも魔術が人々によって現実の存在として認知されていた時代までが直接的な有効範囲だという点である。
 近代以降の欧米において、世界を説明することばの所有権は特定の宗教やオカルティズムから「科学」思想体系へと譲渡された。これは、それまでの魔術やその他の超常神秘現象の形態そのままでは大多数の人々に対して高濃度のリアリティを提供できなくなったということでもある。
 奇術の世界では、19世紀フランスの奇術師ロベール・ウーダンによって芸能マジックはその姿を近代的なものに変容させた。
 かつては魔法使いのマントを連想させる大きなコートをまとって円錐帽をかぶり、手には魔法杖を携える、といった格好で観客の前に立っていたマジシャンたちは、フロック・コートに蝶ネクタイ、シルクハットにステッキという近代紳士の装いで舞台やサロンに登場するようになった。そして、観客はそこに説得力と魅力を見出したのである。もちろんこれには演出創案者としてのウーダンの偉大さもあろうが、もうひとつには社会の変革から来る必然的な展開だったともいえるのではなかろうか。
 
 そして一方、本来の「マジック」つまりノンフィクションとしての魔術にも変容は訪れている。
 魔法がはもはや既存の形態では現実性を主張出来なくなったとき、虚構の認知の有無によって芸能奇術と対比させることの出来る段階は終わりを告げた。もはや「マジック」は一般大衆にとっては総てフィクションに属するものになったのである。
 そこで近代から始まった西洋社会の変革は、奇術の世界においてそうであったように、魔術の世界にも外観の転換を要求した。
 魔術は、異端審問の時期に徹底的な抑圧と排斥を受けた魔女魔術(ウィッチクラフト)などと一緒に、人々に新しい(それでいて根は古い)神秘を示すようになった。それが、いまの我々が「超常現象」やそれを引き起こす「超能力」と呼んでいるものである。
 したがって、「魔術と奇術の関係」を論じるには、その現代版である「超能力と奇術の関係」についても分析を加えるのが望ましいだろう。
 以上のことを踏まえて、本章では、奇術とつながりのある範囲内で超能力についての解説と考察を試みることにする。


新しい「魔法」のかたち

 日本語でいう「超能力」(1)にあたる概念の発生は、遡っていくとアメリカに端を発した心霊主義ブームとその研究にたどり着く。いわゆるスピリチュアリズム(Spiritualism)である。
 スピリチュアリズムは、広義にはキリスト教内の心霊不滅思想を指すが、現在では霊媒が霊界と交信して得た情報を基にする疑似科学、哲学、信仰を意味する語として用いられる事が多い。
 研究者にとって幸いなことに、この心霊主義が近現代のものとして誕生したその時空間座標および主要関係者は明確に特定されている。
 のちにアメリカからヨーロッパ各地まで広く伝播する大流行のきっかけとなったのは、1848年8月31日、米国ニューヨーク州ハイズビルに住むフォックス家のマーガレットとケイト姉妹であった。彼女らは、幽霊が出す、何かを叩くような不思議な物音(ラップ音)を介して交信をすることで有名になった。またたくまに霊媒姉妹の「能力」を信奉する人々が合衆国内に何百万とあらわれ、姉妹の起こす現象を死後の世界の紛れもない証明だとかんがえた。熱狂はイギリスにも飛び火し、多くの霊媒が登場した。スピリチュアリズムの誕生である。
 興味深いのは、こうした霊的現象の調査が、最初は宗教よりもむしろ科学的探究のために行われたことである。運動に惹かれた追随者のなかには、無心論者や不可知論者も多く含まれていた。彼ら「科学的精神」を持つ人々にとって、霊媒たちは、神の存在を認める必要なしに死後の生が存続しうることの証拠であるように思われたからである。
 
 もっとも、既存の宗教色がないということは、イコール非宗教、非オカルトであるという事にはならない。
 心霊主義者たちは、自分たちの主張を立証する公開場として「交霊会」(seance;降霊会とも)──霊媒と賛同者たちが輪になって、霊と交信し、様々の霊現象を目撃する──という会合を行っていた。そこで起こるのは、霊媒が知りうるはずもない事(無面識の他人や遠隔地に関する情報)を提示する、あるいは誰も手を触れないのに物が動き回るなど、かつては魔法使いや魔女が担い手となっていた現象である。
 つまり霊媒を基礎におくスピリチュアリズムは、近代における「魔法」の一形態であると同時に、魔女魔術(ウィッチクラフト)の後継であるといえよう(2)。異なるのは、現象の源泉を説明する単語が魔力から霊になった点のみである(その一点こそが大きいのではあるが)。

 ところが、やがてスピリチュアリズムの高まりのなかで、超常的な現象そのものに「科学的」関心を寄せる研究者たちが現れた。
 彼らは現在、自らの携わる学問分野を「超心理学」と称しているが、これは英国ヴィクトリア時代より「心霊現象研究」として知られてきたものから霊魂の死後存続についての問題を除いて、ESP(超感覚的知覚)やPK(念動作用)といった超常現象を抽出したものである(3)
 超心理学はスピリチュアリズム運動の流れから派生しながらも、最終的には、研究対象とする諸々の現象の源泉を「霊魂」に求める心霊主義とは対立するようになった。超心理学者によれば、霊媒を介して霊が起こすとされる現象は、実際にはすべて霊媒自身、もしくは交霊会に参加している人々の無意識の力によるものと解釈された。いろいろな情報作用や空中浮揚、無生物の説明不可能な動きなどは、目に見えない霊の仕業ではなく、すべて生者の精神力によるものであると、超心理学は説明する。
 ここへ来て、かつて「魔法」と呼ばれた超自然的技能は、そのエネルギー源を魔力−霊−無意識と変化させて、ついに「超能力」という新たな形に行き着いたのである(3)。


超能力現象

 ここでは超能力によって発生するとされる現象を、奇術と絡めて考察するため便宜的に分類してみることにする。
 まず、基本的に、無数の「超能力」現象は情報作用か物理過程への干渉かによって2大別され、前者がESP(超感覚的知覚)、後者がPK(念動作用)と呼ばれている。
 
ESP系能力
 1.精神感応(テレパシー)
     人と人の間で、通常の5感覚器官を用いずに意志・想念が伝達される現象。
     虫の知らせや以心伝心とも。  
 2.透視、遠隔地透視(千里眼)
     物理的障壁に左右されず、近辺もしくは遠方にある物事を知覚する。
 3.予知、前知
     従来の方法によらず未来に起きる事や過去に起きた出来事についての情報を引き出す。

PK系能力
 念力と別称されるもの全般。
 既知の物質的効力を用いずに主体から対象に何らかの作用を及ぼすこと。
 物体の移動、歪曲変形、破壊など。

 この他にもこまごまとした能力はあるが、全体を通して指摘できるのは、「超能力」によるとされるすべての超常現象はトリックによっても再現可能だという事である。具体例を挙げてみよう。

「ふたをした懐中時計の中の時刻を読みとる」
「裏返したトランプのマークと数を言い当てる」
「サイコロの出目を100%予言する」
「部屋の外で選ばれた数字や物品を言い当てる」
「釘やスプーンなど金属製品を念じただけでねじ曲げる」
「物体もしくは生物の瞬間移動」
「人間が宙に浮き上がる」etc.……

 どれも状況説明がなければ、超能力者が実験場で検証者に見せているとも奇術師が舞台上で観客に見せているとも考えられる「演目」である。
 ただ、本章は超能力の実在を否定する事が目的ではないので、別手段で再現可能だからといって古今東西あらゆる「超能力者」が奇術的トリックを用いているとまでは言わない(用いていないとも言わないが)。
 ここで指摘したいのは、かつて「魔法」がそうであったように、「超能力」も奇術と同一の現象を提示しながらにして、まったく別の──時として正反対の効果を観客に与えうる、という事である。 
 「魔法」は、ノンフィクションを主張して行使される超自然の能力であった。それが認知されている社会では、本当に予言は行われ、本当に天候は操作され、本当に生や死は超越されたのである。それがために民衆は「魔術師」に権威を与え、畏怖した。同様に、近代に入って変貌を遂げた「魔法」の後身たる心霊術および「超能力」もまた、世に出てノンフィクションを主張し、少なからぬ人々にESPやPKを信じさせている。 
 奇術師と背中合わせの「魔法使い」は、いまは霊媒や超能力者と呼ばれる人種なのである。


超能力の検証

 そして、背中合わせであるがゆえに、奇術師と超能力者(または霊能力者)の間にはある種の緊張関係が生じている。
 先のスピリチュアリズムの時期で言えば、特に戦争の影響で交霊術への関心が高まっていた20世紀前半、霊媒のなかに交霊会への多額の参加費を要求し、愛する近親者の霊と交信したいという民衆の願いにつけこむペテン師が続出したことから、不信派の科学者や奇術師たちがそれらと必死に対決したということがある。
 奇術師のなかで「霊媒狩り」として名を馳せたのは、米国最大の脱出奇術の名手ハリー・フーディーニ(Harry Houdini、1874-1926)であった。彼は溺愛する母を亡くして交霊に期待をかけたが、あまりにもまやかしに満ちた霊媒師連中に失望、憤慨し、今度はインチキ霊媒の積極的な暴露と摘発に力を尽くすようになったのだった。フーディーニは、本物の超常現象を起こした者に5千ドルを与えると発表、さらに『サイエンティフィック・アメリカン』誌の2万5千ドルの賞金の審査委員にも選ばれ、多く誤判を防いでペテン師を撃退している。

 このフーディーニの例や、本論の「奇術における動物の使用」で紹介した学者馬ハンス事件や、現在もなお続いている「超能力実験」などをあわせて考えると、超能力(霊能力含む)の審査評価が行われる際、つねに不適切な検証者が選出される危険性があることが分かる。

 超能力の判定にもっとも不適切な立会人とは誰か。
 一般に考えられているのとは逆に、それは、科学者であろう。

 実際問題として、超能力の「物理科学的」検証というものはナンセンス……とまでは言わないまでも、非常に不適切なアプローチなのである。
 ふつう学術研究においては、研究対象に対して人為による積極的な欺瞞はおこなわれないという「おとなしい世界」を前提として検証が行われる。したがって検証者は直線的に、予測可能、誘導可能な思考をするから、誤誘導もしやすい。
 物理科学に限らず、すべて学術研究者はあくまでも採取したデータの対応関係や構造を明らかにする専門家であって、そもそもそのデータを採取する過程で人為的な干渉が介入していないかを見破る訓練までは受けていない。「超能力者」が測定装置に異常な数値をはじき出させた時、まっさきに、測定装置をこっそり足で蹴られて誤作動させられたのではないか、あるいはもっと単純に、測定に参加した助手が買収されているのではないかという発想の出てくる科学者がどれだけいるだろう? 「マジシャン」によってあざむかれる観客としての素地は、どんな専門学者も全く一般人と変わるところがないのである。
 不思議現象とその真偽について意見を求めるなら、その技術を特性として磨き上げている奇術師、詐欺師、ペテン師の類こそがふさわしいであろう。その点、フーディーニを審査員に加えた『サイエンティフィック・アメリカン』誌は賢明であったといえる。

 なお、最後に、この問題を端的に指摘した一節があるSF小説に出てくるので引用しておく。

「一つの分野の専門家だからといって、それ以外の分野に対する意見まで他の人たちの発言より価値があるとは言えんよ。しかし、専門家というのはえてして自分には何でもあらゆることがわかるように思いがちだし、大衆もそれを信じる場合が多すぎるようだな。実例はいたるところにあるよ――核物理学者より核融合に詳しいつもりの政治経済学者、生と死の境界を判定しようとする法律家、いわゆる心霊術師の簡単な手品のトリックにひっかかるノーベル賞物理学者。物理学者がごまかしやぺてんの手のことをどれだけ知っているというんだ? クォークや光子はうそをつかない。ぺてんや、他人をごまかす手の専門家は舞台奇術師や手品使いだ――それが連中の仕事だからな。しかし、彼らにたずねてみようとしたものがあるかね?」

 (ジェイムズ・P・ホーガン『造物主の掟』)  



 
(1) 英語では「超能力」の直訳になる表現はスーパーナチュラル・パワー(supernatural power)もしくはサイ(psi)といったところだが、どちらも日本では一般的な普及性に欠けており、ほとんどの場合その時々でPK(念力)とESP(超感覚)などが使い分けられる。また、日本語の「超能力」はごく新しい語で、岩波書店『広辞苑』の第2版(1969年)には見あたらず、第3版(1983年)から初めて記載されている。三省堂『大辞林』では1988年発行時に登場する語である。おそらく時期的にみて、ユリ・ゲラーの来日(1974年)とそれ以降のブームで定着したものであろう。

(2) 霊媒を魔女の系譜の近代的表出として解釈する上で、元祖であるフォックス姉妹から始まって、霊媒の多くが女性だった点に注目したい。

(3) じっさい、超心理学の最大権威組織は今でも「心霊調査協会(SPR)」と呼ばれている。これは真偽の疑わしい超常現象を特に取り扱うために1882年にケンブリッジ大学の1グループが設立したもので、最初の主な目的は、想念伝達あるいはテレパシーの研究であった。


 
池田清彦 『科学とオカルト』 PHP研究所(PHP新書) 1999年
中村弘 『マジックは科学』 講談社(講談社ブルーバックス) 2000年
前川道介 『アブラカダブラ奇術の世界史』 白水社 1992年
松田道弘 『超能力のトリック』 講談社(講談社現代新書) 1985年
松田道弘 『世界のマジシャン・フーズフー』 東京堂出版 1995年
カール・シファキス 『詐欺とペテンの大百科』 青土社 2001年
ジェイムズ・P・ホーガン 『造物主の掟』 東京創元社(創元SF文庫) 1983年
サラ・リトヴィノフ編 『世界オカルト事典』 講談社 1988年

序章
   
第一部 奇術概史
     1.
西洋編 2.日本編
   
第二部 奇術を構成する諸要素とその性質
     1.
奇術の成立条件について 2.奇術の公開性について 3.奇術における動物の使用
   
第三部 奇術と近接概念との比較
     1.
奇術とサギ・ペテンの相違 2.奇術における「魔女」の不在 3.奇術としての探偵小説
     
4.奇術と超能力 5.メリエス ―奇術としての映画の創始者 6.奇術とSF
   
終章

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