古代よりあらゆる社会で、人間は動物に対して搾取・支配・操作を中心とした様々な関わり合いを求めてきた。
動物利用の具体的な形態としては、まず狩猟の標的および衣食料供給源としての動物、農耕など生産行為の補助労働力としての動物、個人の武力または共同体の軍事力としての動物など物理的なものが挙げられるほか、愛玩対象としての動物、宗教上の崇拝対象としての動物など心理的、観念的な目的のための利用も我々の生活にはなじみ深い。
奇術の世界においては、紀元前1700年頃のエジプトのパピルス文書にみられる奇術師デディによるガチョウの首切り(1)の記録があるように、動物を使ったマジックは芸能史のかなり古くまで実例をさかのぼることができる。
そうした奇術における動物の使用を考察するために、ここでまず動物の在り方を大きく三種に区別して、問題を整理してみたい。
1. 小道具としての動物
2.
共演者としての動物(および使役されるものとしての動物)
3. 主演者としての動物
本章では上の区別に沿って、演目の構造や取り扱われ方、演者と動物の関係、それらに基づきいかなる演出効果が生じるかといった点を検証していく事にする。
小道具としての動物
一般的にマジックといわれる芸能である「奇術」では、動物は演目の小道具として取り扱う姿勢がもっとも普及している。
動物の身体の一部(首、胴など)を刃物で切断して殺したのち結着して蘇生させるといった切断術や、ヌイグルミや型紙が本物の動物になる変成術、箱や袋に入れた動物が消えたり、全く別の場所から飛び出すといった瞬間移動や消失・出現の術など、そのほか細かいアレンジも考え合わせていくとそのバリエーションは無数である。
ただ、この使い方には共通して指摘できることが一つある。どれもが、すべて無生物で代替しても成立可能だという点である。
破損−復元という手順を取るだけならば、ガチョウの首を切る代わりに指輪を壊して元通りにしてみせてもいいわけであるし、帽子の中から白ハトが飛び出す(2)かわりに大きな宝石が出てきてもかまわないはずである。また実際に、芸能奇術ではそういう演目も存在する。
にもかかわらず、あえてわざわざ動物を使うメリットはどこにあるのか。じつはそれこそが、この「小道具としての動物」において奇術師が狙う演出効果の最大の特色なのである。
われわれ人間は、幅広い意味でのモノを作る能力を持っているが、しかし生き物を創造する事はできない。もとからある素体を操作することで改造や変形させることはできても、虚無から生命を創り出すことはわれわれの力の範疇を大きく超える超常的な行いである。
同時にそれは、生・死といった究極的な現象への干渉が不可能である、ということでもある。それが可能なのは人知を超えたもの、まさに神秘・魔術の領域に属する存在に他ならない。
だからこそ、奇術師はみずからが超自然能力の行使者であるとよそおう演出(観客へのアピール)を目的として、無生物でもなりたつはずの芸に、動物を用いるのである。
観客にしてみれば、ただのモノを壊したり直したりするよりも(もちろんこれとて見せ方次第で充分な驚異は生じるが)、生きて動いている鳥や犬や魚が舞台に上がって自由自在に生死を与えられる光景のほうが、驚きにともなう生々しさが濃いだろう。魔法使いが「とりかえしのつかない」ことの「とりかえしをつけてしまう」ことへの驚きが、そこにはある。
ちなみに、この生命認識への刺激という手法を展開させていくと、最終的には人間そのものを道具として使う芸にたどり着く。
先述した切断術についていえば、20世紀前半に「美女のノコギリ引き」という形で観客にそれまでにないショックをあたえるに至った(3)。
共演者としての動物(および使役されるものとしての動物)
演者と動物がともに寸劇をおこなう、または演者が動物に向けて指示を下して自在に操作するといった「共演」形式の芸能がある。
たとえばインドでは笛(プーンギと呼ばれる)でコブラを踊らせる蛇使いがいたり、日本では富士山観光の中心である河口湖畔に千年の歴史をもつ周防猿まわしがあるなど、この「共演」形式には伝統芸能として知られるものが多い。
とくにサーカスの世界では動物芸が非常に幅広く展開されている。馬の曲乗り、猛獣(ライオン、トラ)との対決、大型動物(キリン、ゾウ)の行進など、芸の質も種類もきわめて多彩である。
これらはトリックより高度の訓練調教の成果としてなされる面が強く、そのためマジックではなく大道芸由来の曲芸系の「奇術」であるといえる。
この動物利用は、人間による支配操作という点では前項と同様であるが、演者が舞台に上がる動物を無生物と代替可能な物(モノ)としてあつかうか、キャラクター性を備えた人格的(厳密には準人格的)存在として扱うかで決定的な区別が付けられよう。
この「共演者としての動物」に対して観客が抱く驚きの背景には、二つの理由が推測される。それは、われわれが日常生活では知性面において下位へ位置づけている動物たちが人間的なふるまいをしてみせるという意外性(=擬人化の楽しみ)と、意志疎通が不可能なはずの動物たちが人間の指示の影響下におかれるという不思議さである。
蛇使いが笛を吹くとき、われわれはそこに魔術の香りを感じないだろうか。
演者の指示に従って複雑な行動をやってのける犬や猫たちに、魔法使いが使役する使い魔のイメージを重ねることはできないだろうか(4)。
もちろん観客は眼前に展開される動物芸そのものを驚き楽しめばいいだけなのだが、研究するにあたってはさらにそこへ上述のような奇術的解釈を加える余地をも見いだせるのである。
主演者としての動物
舞台上で動物を完全な主役につけて、人間を補助以上の地位に置かないものである。動物芸の形態としてはかなり特殊で、現在では元々の意味からみてほとんど廃れていると言っていい。
主に、初歩的な算数をこなす動物を紹介するショーの形態をとる。西洋で20世紀初頭から見られるようになった。
ここでは、「賢い動物」のおそらく最初の例として知られる学者馬ハンスの例を紹介しておこう。
1901年、ベルリン在住のフォン・オステンという人物が、「自分の愛馬ハンスは、調教の結果、加減乗除程度の計算ならできるようになった」と発表、世間は大騒ぎとなった。ハンスは実際に公開実験でも正答率ほぼ100%という成績で、人々を驚かせた。
ハンスの答え方は、計算の答えの数だけ床を脚で叩くというもの。調査委員会(動物園の園長・調教師・サーカスの団長・動物学者・心理学者)の調査にもハンスは正しく答えた(5)。
のちに、厳密な検証の末、ハンスは「見物人の誰一人正解を知らない」というシチュエーションで問題が与えられると回答率が激減するというデータから、周囲の人間が(あらかじめ判明している)正解のところでみせる微妙な表情・姿勢の変化等を察知していただけだという結論が出された。
以降、西洋では見せ物としての「学者馬(や犬)という芸」は単発的にあらわれる事があったものの、けっきょくは衰退の道をたどっている。
何故、彼ら「賢い動物」たちは影を潜めるようになったのか?
何故、「小道具としての動物」「共演者としての動物」という手法と違い、「主演者としての動物」スタイルだけが確立されなかったのか?
考えられる理由は幾つかある。
まず、もともと「動物に計算能力がある」という一点のみを売りにして舞台に上がっていたため、トリックが完全に露見し公表された(=タネあかしされた)時点で観客の受ける「全ての」驚きが消滅してしまったという事。驚きを与えられないのは、奇術のみならずあらゆるショーにおいて致命的である。
また、同じく「動物に計算能力がある」というただそれだけの一発芸でしかないため、芸能としてのバリエーション、発展性に欠けており、観客が慣れて飽きたこともあろう。タネが分かっていて、しかもそれしか芸のない一発ものときては、ショーとしての衰退は不可避といえる。
現在ではこれら「賢い動物」たちはサーカスの一演目として名残をとどめているだけであるが、それは独立した見せ物としては成り立たなくなった結果の、必然的な状況であると考えることができる。

(1) 中村弘『マジックは科学』(講談社、2000年)によれば、デディはギザの大ピラミッドを建設したクフ王(紀元前2571-2508在位)の宮廷でこの術を披露して好評を得たとされている。彼は歩き回っているガチョウを捕らえ、首を切り落として、それを観客に示した。それからその首を胴体に付けると、死んでいたはずのガチョウが蘇生したという。記録ではタネあかしはされていないが、前もって隠し持っていた別のガチョウの首を使った「すりかえ」の奇術だった可能性が考えられる。
(2) ハトは奇術師が取り出す動物の代表として定着しているが、歴史的にはさほど古いものではない。米国の奇術師チャニング・ポロック(1920- )が1959年のイタリア映画『ヨーロッパの夜』(日本公開1960年)でハト出しを演じ、以後大きなブームを呼んで世界的に流行したのがきっかけとなった。
(3) 「美女のノコギリ引き」の創始者は英国の奇術師セルビット(本名パーシー・T・ティッブルス)である。ロンドンでこの衝撃的なショーが初演されたのは1921年1月27日のことだった。
(4) 使い魔という概念存在は必ずしも西洋独自のものではない。日本でも平安期に隆盛を誇った陰陽道の大家・安倍清明(920-1005)が、式神と呼ばれる不可視の怪物や、昆虫あるいは動植物の変化(へんげ;何らかの理由で妖怪化したもの)を使役したという逸話が残っている。
(5) これは自然観察の弱点を示している。「超能力」の検証にも通じる問題だが、積極的な人為的トリックに対して素朴な学術的視点は無力に近いのである。ハンスを調査した委員会は、詐欺師・ペテン師または奇術師をメンバーに加えるべきだったと言えよう。

中村弘 『マジックは科学』 講談社(講談社ブルーバックス) 2000年
原田俊治 『馬のすべてが分かる本』 PHP研究所(PHP新書) 1997年
前川道介 『アブラカダブラ奇術の世界史』 白水社 1992年
松田道弘 『世界のマジシャン・フーズフー』 東京堂出版 1995年
エルンスト・ギュンター 『女曲馬師の死』 草風館 1997年
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